作成者別アーカイブ: EMMA

EMMA

Slow Throw

25歳から5年間付き合った人と別れて、いよいよ人生詰んだなと思った。
一緒にいた5年のうちに貯金も底を尽きて、残ったのは適齢期を逃したひとりのおんな。

最近まで隣に彼が寝ていたセミダブルに枕二つの寝床で何度も寝返りをうちながら
iPhoneアプリの中でメッセージボトルを投げては拾い
独りでは抑えきれなくなりそうな孤独を誤魔化していた。

どんなネタを発信すれば返信がたくさんくるのかと
およそモテとはほど遠いような内容ばかりボトルに詰めて投げる。
もはや恋愛なぞどうでもいい。いっそ出家しようかなんてメッセージを投げたり。

そんな時にわたしのウィンドウに流れ着いた何気ないボトル。
何度かメッセージをやりとりした後
たびたびクラッシュするアプリから脱出して
LINEで会話を始めると年齢も一緒で、聴いてきた音楽も似ていることがわかった。


会話の端々に恋の予感を感じさせられると一歩引いてしまう。
なんでこんなに恋愛がしたいんだろう。
誰にでも言っているんじゃないかっていうような軽薄なムードをさらっとかわして
好意の言葉はすべて保留していた。

それでも彼が熱心にわたしを好きだと言ったのは、
恋愛恐怖症で10年も女避けの指輪をして守っていた彼の世界に
ひょいとわたしが入り込んでしまったからだった。
あまりにも自然にシンクロしたわたしに感激した彼が
熱心にわたしを口説いていたことがわかって拍子抜けした。
これまで軽薄な軟派男だと思っていたのは
やっと恋愛リハビリ期間を抜けたピュアな男だったのだ。

それからは400kmという距離をものともせず
10年分の恋愛を取り戻すように彼は愛を語った。
思春期の恋人同士のようにお互いの名前の入った指輪を欲しがり、わたしもそんな彼に癒された。
5年分疲れきった心に、彼は新鮮だった。
初めてお互いの手に触れたときは初恋のように感動して
「ずっと一緒にいよう」というこれまで誰にも貰ったことのない言葉を貰い
いつか嘘になるかもしれないと言えずに飲み込む意気地なしよりも
ずっと好ましく思えたし、信じようと思った。

そう簡単に会える距離でもなかったけど、毎日Facetimeでお互いの顔を見て話せたし
淋しいと思うことも少なかった。
音楽で食っていきたいという彼の夢を応援するために、自分の持てるスキルを総動員して応援した。

そんな二人の関係が微妙にずれはじめたのは
「音楽でお前を食わせていきたいんだよ」と言った彼が
自分の置かれた状況を受け入れられずに鬱状態に陥ってしまった頃だった。
男性というのは、壁にぶち当たった時に一人になりたいものだとわかっていても
何か力になれないだろうかと考えてしまう。
できるだけ淋しいとは言わないように、何日も連絡が取れなくても勝手に不安にならないように。
わたしはいつもフラットでいて、彼が自分の世界から出てきたときには笑顔でいなければ。


少しでも元気になってくれたら嬉しいなと思って、花屋さんへ行って笑顔のような向日葵を贈った。
彼の心は少しも癒されなかったようだけど、それでもよかった。
あとで「もっとこうすればよかった」と悔やむことが何より辛いことを
これまでの恋愛経験で知っているから
今わたしにできる全てを彼に注ぐしか無かった。

連絡をとることもできず、恋愛についてなんて考えている余裕もない彼に
「次いつ会えるかな?」なんて聞けるはずもなく8ヶ月が経った。
彼からのメッセージはバンドのHP更新や都内ライブの予定だけ。
彼がわたしではなく、彼自身を見ていることはわかっていたけど
夢に近づけば、夢を叶えたと思うことができれば
またわたしの方を向いてくれるかもしれないという一心で全てを見て見ぬふりした。


わたしの恋愛はいつも
追いかけられていたのに、いつの間にか相手の背中を見ている。
どうかもう一度わたしを見て欲しいと願っている。

彼との関係はバンドの解散をきっかけに終わるのだろうなとどこかでわかっていた。
彼にとってわたしには利用価値がありすぎたし、
わたしもその価値を切り札に「彼女」という名目を頂いていたのだ。

最後まで自分の殻に閉じこもって別れの一言を言えない彼に
画面越しに「きちんと別れようって言って」と言葉を促した。
なんとなく始まった恋を、なんとなく終わらせるのだけは許せなかった。
画面越しでもいいから、全身全霊、持てるものすべてで立ち向かったわたしに
最後に誠意を見せて欲しかった。

「別れよう」と言った彼に
「愛してるから別れてあげるよ」とわざと傷付ける言葉を言ったのは
自分が受けた傷を、少しでも返してやりたかったから。
一緒に過ごした時間が少なすぎて、わたしがどんなに傷ついていたかを知らない彼に思い知らせたかった。
わたしよりずっと弱い彼を傷つけることになることはわかっていたけど
「俺より強い人を、支えようとは思えなかった」という言葉に
わたしも深く深く傷ついたんだ。



いつも「強い人だ」と言われる。
そう思っている人にとって、わたしは「強い人」だ。
自分自身でも自分を強い人間だと思っている。そうありたいから。
弱さを認めないのじゃなく、受け入れられる強い人でありたいから
彼の弱さも一緒に受け止めて歩きたかった。
「君は強いから、一人で行けるでしょう」と手を離した彼を責める気持ちはない。

ただ「強い人」だと思われているわたしは
歯を食いしばって進み続けながら、これからの彼の幸せを祈ることしかできない。
それが許されることかどうかはわからないけれど。